-- 導入に至った経緯 --

私の透析導入は突然でした。導入したのは2000年11月28日。旅行先のマレーシアでのことです。姉夫婦が住むマレーシアのクアラルンプール に遊びに行ったとき、呼吸困難になり、姉たちがかかっているホームドクターのところに行ったら、すぐに大きな病院に行ったほうがいいと言われたので、午前2時にパンタイメディカルセンター に緊急で行きました。
このときの症状は、歩行は困難で舌は白いコケがはえている状態(ひどい口内炎が舌全体になっている感じです)。
病院ではすぐに透析導入をするように言われました。が、英語とマレー語での説明だったので、とても簡単なことですぐによくなる、ということだけしか、 その時の、意識がもうろうとしている私には通じていなかったのです。そして、なんかの紙にサインをしてから数時間後に、透析は行われました。

緊急だったので最初は首にカテーテルをいれて、そこから行いました。
1日目は2時間、次の日は3時間、3日目は4時間と増えていきました。立って2・3歩、歩けるようになって、左手にシャントを作りました。
『シャントとは、 動脈を静脈につないで、静脈を動脈化させることです。動脈を流れている血液を外に出して機械を通し、余分な水分と毒素などを取り除いてから静脈に戻します。こうすることによって、腎臓の半分くらいの役割をやってくれます。』
四日目くらいになったら、 今まで食欲がなかったのが、とたんにお腹がすいてきて、食欲も徐々に戻ってきました。
肺に溜まった水が抜けるまで、1ヶ月マレーシアにいました。

-- 日本に帰ってから ---

マレーシアから帰国して、空港から病院に向かいました。透析をしてる病院をマレーシアから探すのは大変で、ひとまず、前に行ったことがある病院に、問い合わせて行きました。
そこの病院は透析患者に対する考え方が、マレーシアの病院と大きく違っていて、私の考えとも違っていたので、すぐに別の病院を探しました。
そして、今通っている病院を見つけることができました。 この病院に通うようになり、首に入ってたカテーテルを抜き、腕にあるシャントから透析を行うようになりました。
私の血管は細くて、なかなか穿刺がしにくいようでした。血管を育てるのに、手のエクスサイズはかかせません。
体調はまだあまりよくなく、栄養失調だったので、とにかくまず、バランスよく食事をとるようにしました。
当たり前のことなのですが、私にとっては大変なことでした。なにせ、 2ヶ月近くまともに食事をしていなかったというか、食欲がなかったので、普通の食生活に戻すのに少々時間がかかりました。
思考能力も落ちていて、週3回4時間の 透析生活の大変さが、いまいちわかっていなかったのです。

   
--透析を始めて1年間の経過・そしてシャントの手術--

透析をして3ヵ月半くらいして、バレエのレッスンを少しづつ始めました。まだ、ジャンプ等は体力が戻っていなかったので、できませんでした。
4月になり、8月の公演が決まってから、公演のためのリハーサルが増えて、踊る機会も多くなってきたときに、7月にも公演が決まってしまい、2作品のリハーサルを同時にやっている間に、 知らず知らずのうちに体力がついてきました。
もともと毎日体を動かしていたので、動いていることのほうが楽だし、精神的にもよかったみたいです。 透析になってしまったことを、落ち込んで考えてる暇がないほうがいいということなのかな。

そうこうしてるうちに、透析して初めての舞台は無事終わりました。当初は心配していたのですが、病院と出演者・スタッフの方たちの協力もあり、7・8月とも何事もなく終わりました。
8月の公演が終わると、調子ずいたのか、バレエのレッスンにひたすら通うようになりました。タップも9月から始めました。 透析のある日は1レッスン、透析のない日は2レッスン。といったぐあいにとにかく体を動かしました。 でも無理はしないで、適度に休んだりしました。

この1年でなんとか食事制限の仕方にも慣れてきました。
2週間に一度の血液検査でチェックしてくれるので、あんまりよくないと注意され、気をつけることができます。
透析をするようになって初めて知ったのですが、普通体によいと言われている食べ物、海藻類、果物、乳製品(カリウム・リン)の取りすぎは、透析患者にとってはよくないんです。
私は、結構外食をすることがあるので、 調整しながら食べてます。

 その日は突然やってきました。シャントの音が聞こえなくなりました。
マレーシアで作ったシャントは1年もってくれなかったようです。
すぐにシャントを作り直そうということで、一泊二日入院で手術をすることにしました。
10時に病院に行って、入院の手続きをしたら2時の手術まで時間があったので、
夫と、今度は長くもつといいね、なんて話しながら手術のときを待っていました。
マレーシアで作ったときに、ものすごく痛かったので、今回もなんだか嫌だったから、
とても不安でした。 でも、主治医から、傷はほんのちょっとだし1時間くらいで終わるから、と言われ、少しは落ち着きました。

そして手術は始まりました。局所麻酔は痛かった!その後も痛かったり、引っ張られる様な感じがしたり、だるく眠くまだ終わらないのか、まだかまだか・・・と何度思って、 何度眠くなったか・・・・。やっと終わって手術室の時計を見たら5時半だった。
もしかして私はこんなとこに3時間半もいたんだー! と思ったらどっと疲れました。
でも、やっと終わってくれてホッとしました。
病室に戻ってきたら、夫は「ずいぶん長かったなぁ。移植でもしてんのかと思った。」って冗談を言いながらも、心配してました。私は、そんな冗談を聞いて、なんだか安心しました。 そうしたらお腹がすいてきて、食べられそうにないなぁって思ってた夕飯を、いっきに食べてしまいました。そのあとなんだか麻酔のせいか眠くて、 いつのまにかぐっすり寝てしまいました。
次の朝は寝起きがあんまりよくなく、その日は透析だったのですが、透析中もいつになくぐっすり寝てしまいました。
そんなにまでして作った2度目のシャントの音は、私には聞こえないので、また手術かー、と不安な日々を過ごしてます。

-- シャントの手術後1ヶ月 ・その後---

シャントのオペから一ヶ月が過ぎました。まだ、新しいシャントで穿刺はしてません。
もう少し血管が育つのをまっているそうです。
この間までは、ちょっと不安なんて思ってたんだけど、今はもうおまかせ。私はもう、
手のエクスサイズをするしかないですもん。でも、意見を言うときは言わないとね。
患者も病院に対する考えを変えないと。自分の体のことだから、納得できないことは嫌だからね。

手術からもうすぐ4ヶ月になるが、いまだに新しいシャントから透析は行っていません。
というか、使えないそうです。
もう次のシャントの手術を考えているいるらしいのですが、私としては 、冗談じゃない!って思ってます。
すぐに新しいシャントを作らないと大変だ、というので、無理して 時間を空け、手術したのに、だめになりかけたシャントは、4ヶ月もってます。 こんなにもつんだったら 、慌てて手術をしなくてよかったのでは・・・? 
切ったり縫ったりするのを、簡単に考えてほしくないな。

 
--- シャントの手術(3度目の正直)---

左にあるシャントが突然痛みだした。
むむ、血栓かー?救急で病院に行ったら、わかる先生が いなかったので、次の日の透析まで待ち、やっと透析室の先生に診てもらったんだけど、 主治医じゃなかったんだな。
だから、血栓を溶かすとかしてくれなくって、ちょっと揉んで ヨワヨワになったシャントで透析をしました。もう血管が悲鳴をあげているのがわかるって感じ。
次の日にやっと主治医に診てもらい、痛い血栓を溶かす薬をいれ、もみました。
一時的には拍動してくるんだけど、やっぱりだめだろうということで、予定通りシャントのオペ になりました。
でも、育つまでカテーテルを入れないとだめだから、入院になりました。

いよいよシャントのオペ。オペが2時からだったので、1時半ごろに病院に行って、歩いてオペ室に 入り、手術台に寝ました。
あ〜、緊張!やっぱりここって嫌いだな。気持ちをやわらげるために、 部屋は緑で、音楽も流れているんだけど、落ち着いて聞いてられるか!
当初は左手にシャントを作ってほしいといっていたんだけど、やっぱり右のほうがいい、ということで 右手首になってしまいました。あ〜あ。
でも、ギリギリまで、主治医は考えてくれたみたいです。

右手を消毒して、痛〜い局所麻酔をして始まりました。
主治医はこのページを読んだらしく、「3時間半もかかったって書かれちゃったから、早くしなきゃ」 なんて言いながら、頑張ってました。
でも、やっぱり痛いんですよね〜。だからアラジンを歌って気を紛らわしていたら、どこからか ディズニーの曲が♪ハイホ〜♪と流れてきました。
オペ室の看護士が、ディズニーのCDに変えて くれたんです。がぜん元気がわいてきました。
そして2時間。シューっと消毒してテープを貼って終わった!部屋に帰る車椅子が用意され、 乗る前に、シャントーンを聞いた。
主治医が、「ん?聞こえない.....」 私は、「 まただ〜〜〜。」
結局、もう一度やり直し。さー気分を変えて、今からだと思おう。
でも、思わずみんなでため息が出ちゃいました。

5時くらいから2度目のオペが始まりました。麻酔をしても痛みが治まらず、「痛み止めの注射を しますか?」って聞いてくれたんだけど、もう痛いのはいい!って思ってしまって、断り、頑張って しまいました。
そういえば、前のときは、オペが始まる前に痛み止めの筋肉注射をしたなー。
主治医いわく、私の血管があまりにも細くて、やっぱり大変だったそうです。だから、 ものすごく痛い、血管拡張をしました。結構今回は叫んだな〜。
あまりにも痛かったから、オペが終わるまで、オペ室の看護士の腕を握ってました。
3度目の正直。今度はシャントーンも聞こえて、GOODなのができたそうです。


そして、まだ終わりじゃあなかった。作ったシャントが育つまで、カテーテルを入れなきゃいけない。 あーまたマレーシアのときのようになるんだ・・・。
この管入れるのって、こんなに痛かったっけ?って思うほど痛かった。
胸と肩甲骨に鈍い痛みがした。もういいよー!
また叫びたかったけど、もう疲れて、グッタリでした。
今回は前回の記録を更新!5時間かかりました。ものすごい大手術みたい・・・。

オペ室から部屋に帰ってきて、夕飯だったんだけど、さすがに首のカテーテルが痛くて、食欲が なかったです。
でも、本当はお腹ペコペコだったのよ〜。
痛みが治まらなかったから、やっぱり痛み止めの注射をしてまらいました。これでグッタリ寝ることが できました。

2002.6.26〜7.6 入院中の写真です。すっぴんのアップがあったり ちょっと恐ろしいですが、ご覧ください。

---シャント4度目の手術! ---

この間オペしたばかりなのに、もう2週間で詰まってしまった・・・。
お気に入りの先生も辞めちゃったし、気持ちも滅入ってたから、オペする病院を替えてみた。
以前、透析の先輩から聞いていた、代々木のY医院に行くことにした。
シャントのオペがとっても上手いと、全国から患者が来るらしい。今度は期待ができるかな?
Y医院のシャント診察で、私が行っている病院とは全く違う答えが返ってきた。
Y医院のY先生も気さくな先生で、血管のエコーを見ながら、いろいろ説明してくださいました。
そして、念願の左腕にシャントを作ることになった。(そういえば、辞めちゃった I 先生も 左腕の同じところに作りたがってたんだよな)
よし、この病院でオペだ!

オペは、今まで経験したことのない、日帰りだった。
オペは3時からだったんだけど、 お昼は軽く食べていいと言われ、ちょっとびっくり。
私が行っている病院では、オペの6時間前は、食べても飲んでもだめだったから、 ずいぶん違うな〜、って思いました。
最初は夫に付いて行ってもらおうかな、って思ったけど、日帰りだし、昼ご飯は食べていいし、 ちょっと病院に行ってくるって気軽な感じだったから、一人で行ってきました。
でも、そう決めても、やっぱオペって変に緊張するんだよね。
病院に行く前に、どんなオペ室だろう?とか、どんな曲が流れているんだろうとか、 いろいろ想像しちゃいました。   

受付けに行って手術着を渡されて、「上着だけ脱いでこれに着替えてください」、 ってことは、Gパンははいてていいんだー!
1時間くらい待ってオペ室の階に呼ばれ、行ったら、普通のビルの部屋の前の長いすに 座っているように言われました。
ん?これがもしかしてオペ室かな?
どうやら、オペ室らしき部屋で、前の人がオペをしている様子。
前の人がオペしている時間は35分くらいだったかな?でもその時間の長いこと・・・
あ〜、やっぱり夫に付いてきてもらえばよかったとか、I 先生がいればなーとか、 いろんなことを考えていました。
待っていたとき流れていた曲は、超懐かしい曲で、私でも記憶の彼方であんまり 覚えてない曲だったので、これがオペ中に流れるんだ・・・ってちょっとがっかり。   

とうとう順番がきた! 何で舞台の本番より緊張するのよ〜・・・
オペ室に入ってびっくり。普通の部屋じゃない。 これで一気に緊張が解けてしまった。
曲も気を使ってくれて選曲しなおしてくれたら、いきなり演歌がかかって、
「うっそ〜! 日記に書いたとおりになってしまった!」 でもさすがにそれは却下だよね。
またこれで、気が楽になって、いつだかオペは始まっていた。
麻酔はやっぱり痛かったけど、その後はY先生はじめ、変わった名前のナースの人と ミュージカルなどの話をしている間に、オペは終わってしまった。
オペ中にあんなに笑ったのは初めてだった。
40分か45分くらいのオペだった。 これは最短記録だ!!
そうそう、Y先生ったら私の腕を切っているときに、「皮下脂肪が多いな」だって!
もう、失礼しちゃう!
でも、そんなシャントオペは楽しく終わったのでした。    

今度のシャントは今までになく、ジャンジャン流れています。
長〜く持ってくれるといいな。    

---ボタンホール穿刺2003---

1/21(火)
今日、とうとうボタンホール穿刺(いつも同じ場所に針がさせるように、皮膚に穴を開けること。 ピアスの穴みたいなもの。) を作るための第一段階をしました。
透析が終わって、針を抜き止血したら、そこの針穴にシリコンみたいな透明のキャップをするの。
私の場合、穿刺の針が細かったから、キャップが穴に入らなくて、ものすごく太い針で穴を 開けなおして、キャップでふたをしました。 肘の内側に血液を返すほうを作り、取るほうは腕の内側の肘の近くに作りました。
この腕の内側で肘近くは、太い神経が通っているらしく、かなり痛い。
あまりに痛かったから、麻酔をしてもらった。でも、まだ痛い・・・・。 だから左手が使えないのだ。
今日は穴を作っているキャップの上に、いつも貼るテープを貼り、さらに防水テープを貼った。 木曜日の穿刺が楽しみー!

1/23 (木)
やっぱり肘の近くは痛すぎて、針が入らなかった。針自体は先がとがってなくて丸いの。
皮膚を切って針を血管に入れるわけじゃないから、そんなに痛くないのに、肘のところ は耐えられない痛さだった。
まあここは理想的な場所じゃなかったから、また違うとこに穴を開けた。
今度は上腕。理想的な場所。
それにしても針の太いこと。サイズは17ゲージ。ボールペンの芯くらいかな?
とにもかくにも、今度の場所は成功してほしいなー。
しかしなんだか左肩が凝っている。やっぱ、キャップが入っているのは緊張するのかな。

1/25 (土)
木曜日に作ったホールに穿刺した。
1本目は上手く痛みもなく針が入ったんだけど 、もう1本はちょっと痛みがあった。 でも、無事に透析が始まった。
あれれ?血液を取る方の針穴の横から血が・・・。
ちょろちょろ出血だったから、ガーゼでおさえて4時間後に見たら、結構出血してた。
ガーゼとテープに、プリンみたいにとろんとした血液がついてた。
キャップを外した後の穴に、皮膚を傷つけないように針を刺すのは、普通に穿刺するより 難しいみたい。

1/28 (火)
今日も無事に穿刺できた。
今日から、針穴がふさがらないようにしていたキャップを外して、 テープだけ貼った。
木曜日になっても穴が開いてたら、ホールが完成!ってこと。
でもふさがってたら、また開けないと。う〜、祈るしかないか! 

2/1 (土)
なかなか快適。
穿刺するときの痛みがないのは、やっぱりいいね〜。
ほんとにこの穴はふさがらないのかな?ちょっと心配なんだけど・・・。
刺す方も楽らしい。穿刺に時間がかからないから、これはいいね。

2/15(土)
最近、ボタンホールの穿刺がちょっと難しいらしい。
前はスルって針が入ったのに、ここ2.3回は針が先に進まない。
今日はドクター穿刺になった。さすがドクター!完璧な穿刺。

2/18 (火)
やっぱり今日の穿刺は大変なことになってしまった。
ボタンホールのホールはできているんだけど、その先にある血管が真直ぐじゃなくなっていて、 針が進んでいかなかった。
ドクターも頑張ったんだけど、結局針先が5mmも入っていない状態だったから、 ボタンホールじゃないとこに、刺し直し。

6/14(土)
返しのホールに、別の針の道ができちゃったらしく、しばらくこのホールはお休み。
その代わりに新しいホールを作ることになった。
まあ2つあれば、片方が調子悪くても もう一つの方に刺しかえられるもんね。
ピアスのようなプラスティックのピンを入れて、 防水テープを貼っている。

7/31(木)
先月作ったホールは、作ったときに穿刺した人と違う人が穿刺したので、どうやらホールの道とは 違う道を作ってしまったようだった。
やっぱりホールが安定するまでは、最初に作った人が 刺し続けたほうがいいようです。
今回は計画的に、最初に穿刺した人がしばらく刺し続けられるように、休みを変更してもらって 作ることにした。
これがうまくいったら、返し側のホールが2つになるので、交互に刺して いける。

10/25(木)
二つ目のボタンホールに、新しい針を使ってみた。
17ゲージだけど、ちょっと大き目。 なんとプラスティックのAVF。
針が血管に入ったとたんに、血液が針に入るのが見えるから、 ちょっとびっくりしちゃう。
でも、金属針よりは血管のダメージが少ないのかな。


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